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2018.07.25 連日の猛暑
7月早々から35度を超える猛暑になり、普段なら東京より1,2度は気温が低いはずの
ここ横浜でも36度、37度と想定外の高温にすっかり参っています。

居間はエアコンをかけているのですが、廊下や寝室は日中はかなりの気温になっているだろうに
平然とそこで寝ている猫達を、気が付いたら居間に誘導していますが、私が留守の間、
エアコンつけたままにして出かけても快適な居間にいなかったりして心配です。

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長々とソファの背に伸びきっているナッツ。
身体の大きさはちょことほとんど変わらなくなりました。
体重は全然違うけど、、、

今日は珍しく気温が30度前後で落ち着いているようですが、外へ出ないので実感なし。
朝から曇り空で湿度が7,80%もあるのでエアコンで除湿しないでは無理ですが。
台風が来るというので、また災害が起こらないといいのだけど、、、


来月8月が格安携帯会社のスマホの更新月なので、変更する積りであれこれ見繕っていたら、
その2週間前に急に充電が半日も持たなくなりました。
器械が安い機種だったので、色々不具合があって、次回はもう少し良いものに変えようと
思っていた矢先でした。
2週間、更新月の8月になるまで、ハラハラしながら何とか充電器を頻繁にしながら
使っていかれるかどうか、中味の移動が何も出来ないまま壊れてしまうのを見ているか、
散々悩みましたが、、

生来の短気ですから2週間イライラして過ごすのに耐えられないのは自覚していました。
諦めて、違約金を払って2週間前に新会社、新機種に取り替えました。(^_-)-☆
まったく図ったように2週間前だなんて!!

今回はまた大手の会社に戻りました。
料金が余り変わらないのと電波の関係もあったので。
また2年後の更新の時にはどうなるか分かりませんが、一度メールアドレスを変更してしまうと、
怖いもの無しですね。
今はラインとGメールで殆ど事足りるし、数名のガラケーの友人にアドレス変更を連絡した
だけで済みました。
今回は画像も良くなったので写真が綺麗です。

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ナッツの目の周りの汚いのが良く見える"(-""-)"
相変わらず涙がうまく吸収されなくて、いつも汚れています。
私の近くに居る時は頻繁に拭いてやるのですが、走り回ったりした後は汗が出るように
涙もかなり沢山出てグジャグジャになっています。
小汚いおっさん顔ですなあ。
これでベタベタに甘えてくるのだからアンバランスだこと。(笑)

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3日ほど孫が来ていて、精神年齢が同じ位らしく2人で仲良く遊んでいました。
孫も攻撃的なクッキーと違って友好的なナッツと遊ぶのがとても楽しかったようです。
ちょこおばさんはそれを遠目に眺めているだけです。



Reiさんに無理を言ってお願いしていたクッキーのイラストが完成して来ました。
どんな風になったのかな、、、とドキドキして包みを開けました。
わお! クッキーだ!

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顔つきとかデブ具合とかいたずらっ子な様子とか、ホントにクッキーそのもので、
お澄ましした写真よりずっとクッキーらしさが全開になっていました。

色合いもブルーとグリーンとオレンジ、パープルの色調が素敵なコントラストで
真っ白い壁に掛けた感じも最高に素敵になりました。
有難う♪   本当に有難うございました。

この絵を見ていたら、ストレリチア(極楽鳥花)が欲しくなって、小さいのを買ってしまいました。
花が咲くのはまだ当分先になるだろうけど、、、

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クッキーはたった7年しか生きられなかったけど、数々の武勇伝と共に私や家族には
忘れられない存在になりました。
こうしてイラストにしてもらって、ずっと残っていけて幸せだね。

5月26日は私の誕生日でした。
今年は年代が上がる区切りの歳なので (、、、いよいよ正真正銘のばばあになった、、)
たまには、と前々から行ってみたいと思っていた、フレンチレストランに行ってきました。

ゴルフ練習場の近くにある古民家のレストランです。
それ程高級素材が出てくる訳ではないけれど、程よい味付けでどれも美味しかったです。

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最後に宇治の玉露が出てきて、正式な入れ方でお茶を立ててくれました。
これがお茶? と言う位、普段飲んでいる物とは別で、何とも言えない
濃厚で芳醇なお味でした。
5煎まで入れてみましたが、毎回味が変わってきて、それぞれに美味しかったです。

一応、お誕生日と言ってあったので、デザートの時に花火とお皿にHappy Birthdayの
メッセージが書いてあって、チョッピリお祝い気分になりました。


先日行った山形の従弟が、サクランボの収穫の手伝いに東根に行ったからと、
サクランボを送ってくれました。

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さすが、本場の味は格別で、美味しかった♪
なかなかこちらでは高価で買えないものなので嬉しいプレゼントでした。

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おまけ
切り絵の風車です。
ちょっと大きすぎて可愛くないけど。

2018.05.27 酒田観光
すぐに続きを書くつもりでいたのに、なんだかんだと次々あって遅くなり
私の記憶がドンドン怪しくなるので、なんとかまだたどれるうちに書かなくちゃ。

3日に本家の従弟と話しているうちに、翌日の予定は何もなくてブラブラと
酒田市内の歩けるところを周って帰る積りだと言ったら、従弟夫婦が
休みでヒマだから車で一緒に回ってあげると嬉しい提案をしてくれました。

朝、8時半にホテルに迎えに来てくれましたが、生憎その朝は土砂降りという位
ひどい雨でどうなることやら、、、と心配しました。
私達夫婦だけだったら、絶対ホテルから出ないでどこへも行かず終いになっていたね。

そこから鶴岡にあるクラゲで有名な加茂水族館へ。
到着したころには雨も殆ど止んでいたけど、まあこれぞGWで恐ろしい行列。
普段なら絶対並んだりしない夫と従弟も諦めて大人しく並びました。
やっと入館しても凄い人でまったく列が進まなくて、男どもはさっさと脇の
ショートカットコースを行ってしまうので、せっかくの幻想的なくらげも
ちらっ、ちらっと見ただけでした。残念。

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途中、今NHKドラマの主人公、西郷隆盛ゆかりの場所、南洲神社へ。
西郷さんが山形に縁があるとは思いもよりませんでしたが、庄内藩とかなり関わりが
あったそうで、館長さんが丁寧すぎる説明をしてくれました。

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その後はJRの吉永小百合さんのポスターでも有名になった山居倉庫へ。

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見学できる場所以外は今でも現役で使われているそうです。
酒田繁栄の入り口だったんですものね。
綺麗に手入れされていて、なかなか風情のある建物でした。

そこから近くに鐙屋という豪商の家へ。

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同じく本間家も豪商でしたが、武士の位もあったとか。

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当時武士はこういう豪商にお金を借りて、頭が上がらなかったそうです。
何時の時代もお金を持っている人が強いのよね。

お昼は従弟が知っているお蕎麦屋さんに予約をしてくれました。

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炉端で魚介や野菜、お肉を焼いて、締めに美味しいお蕎麦を頂きました。

その後、新庄駅まで送ってくれて、無事新幹線で帰宅しました。

姪がお留守番で猫達の面倒を見てくれたので、安心して留守にできました。


さすがに山形は気温が低くて、お天気も悪かったので、持って行った服を
全部着る程でした。
行きに車で殆ど寝られなかったのもあったりで、疲れが出たのか2,3日は
グッタリでなかなか回復しない年寄り2人でした。

夫が以前から続いていた咳が止まらなくて、余りに長引くので病院に行って
薬を貰い、色々検査をしてきました。
結果、肺気腫と肺炎のなりかけだったらしい。
結果が出た頃には咳も止まっていたし、まあ何も治療はなかったんだけど。

そんなこんなで、やっと先週位からいつものペースに戻った感じです。

それにしてもナッツはお留守番の姪にも散々甘えたらしくて、姪は大変
喜んでいました。
クッキーだったら絶対嫌われていたよね。(笑)
2018.05.08 母の田舎
5月3日はクッキーの命日でした。
1年間毎日写真の前に置いたお水を取り替えてきましたが、
きっとちゃんと天国に行ってくれたと信じてお皿を下げました。
アっと言う間に私の手の中から消えてしまったけれど、私が
生きている限りクッキーと先代のチャッピーの記憶は永遠です。

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私の母は66歳で亡くなり、もう30年になります。
酒田には12,3歳までで、それからはずっと東京、鎌倉で暮らしました。
今、酒田には母の兄の長男が家を継いでその姉弟も近くにいます。
母の妹や弟も未だ健在です。
私の従姉弟、叔母、叔父になります。

従姉弟とは歳も近いのですが、父が再婚したこともあって、長らく行き来は
途絶えていましたが、年賀状だけはやり取りしていました。
従姉は農家に嫁いで今もお米を作っています。
5,6年前に私の年賀状を本家で見たのをきっかけに、そのお米を沢山
送ってくれるようになり、うちの子供達にも分けて喜んでいました。

私が中学校2年生の時に母の里帰りに夏休みに行ったのが最後でした。
もう50年以上も昔。
酒田に行くことももう無いだろうと思っていたのですが、お米のお礼を直接
従姉に言いたい、会って積もる話をしたい、と思うようになりました。

不思議な縁があるもので、長女のお姑さんの実家が真室川にあり、毎年
GWか夏休に一家で車で帰っているのを聞いていました。
なかなか私だけとか私達夫婦だけでは思い切るきっかけもないのですが、
今年はGWに行くというので、車に便乗させてもらうことになりました。
そのまま酒田まで一緒に行って、車であちこち回って貰うことに。

夜中に高速を走って6時間ほどで真室川に到着。
朝早いので、温泉に寄ってひと風呂あびてから、ご実家へ。
山菜の煮物や天ぷら、炊き込みご飯など朝ご飯とは思えない豪華な
食事の支度をして待ってくれていました。

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そこでドライバーと助手(主人)は3時間ほど仮眠をさせてもらいました。
日陰には雪の塊りがあちこち残っているし、桜も、水仙も色々なお花が咲いて
綺麗ですが、関東よりかなり寒い。
畑仕事もまだこれから準備に入るという段階だそうです。

お昼過ぎに従姉の家へ。
庄内平野のど真ん中にある村落で、生憎のお天気なので、鳥海山も全然
見えなかったし、霧雨や霧で遠くまで見渡せなくて残念。
写真も撮り忘れました。

半世紀ぶりの従姉とはお互い別人同士と同じで、あのやせ細った小さい
子供だった従姉はすっかり丸くコロコロと太ったひいおばあちゃんになっていました。
ひ孫は千葉に居るらしいです。

その後、母の実家であった本家へ。
細い曲がりくねった急坂道は記憶の通りでしたが、家は建て替えてはいないものの
外観も中身もすっかり変わっていました。

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この庭の左奥に納屋があって、羊や鶏など動物がいました。
入り口は土間になっていたと思います。
2階では蚕を飼っていて、桑の葉を取りに子供達で出かけた楽しい思い出が。
勿論蚕は中学の時に行った頃にはもう止めていましたが。

懐かしいという感情とも違う、デジャヴ?既視感?なにか不思議な感覚でした。
これだけの年月が経っていると、微かな記憶と現実が一致することはまず
無いし、その記憶すらかなり怪しく、変形している可能性大です。

でも、母の生まれた家がここにあり、私や母、姉、妹と過ごした夏休みがあり、
居間に飾られていた、祖父母、叔父夫婦の写真は間違いなく確実な繋がりを
示す証拠でした。

従姉弟達の温かい歓迎を受けて、ちょっと無理してでも行った甲斐がありました。
長くなるので翌日の酒田見物は次回に。

4月はナッツが1歳、ちょこが8歳のお誕生日です。
正確な日にちが判らないので一緒に、いつもよりチョッピリ豪華なご飯で
お祝いしました。

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ロウソクを付けたら近寄って来ないので、おめでとう!を言ったら消して見せました。
半分に分けてそれぞれご馳走を食べました。

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ちょこの食べるのがいつもにも増して早かったこと(^_-)-☆
大好きなシーバとチュールで大満足のご様子でした。

ナッツの兄弟は1歳を待たず、ちょこの姉妹も8歳を迎えられずに
虹の橋を渡ってしまいました。
この子達は兄妹の分までしっかり長生きしなくちゃね。
人間だって同じだけど、持って生まれた寿命があるのかもしれない。
運、不運で片づけられない運命なのかも知れません。
折角縁あって人生を共にすることになった私達だから、幸せに
楽しく人生を全うしたいものです。

それにしてもちょこは、ダラダラ食いのナッツが残したエサを
食べてしまうので、ますます肥大化しています。
7キロ位あるかもしれない。
気が付いた時は取り上げるようにしているのですが、留守の時などは
かなり横取りしているようです。

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ナッツも残っていれば時間をおいて食べるので、避けて置いたものを
ナッツにだけ上げたりしていますが、、、
ちょこの飽くなき食欲の前にはナッツの食い気の無さが歯がゆい位。
ナッツは食べるのが遅いし、1度に沢山食べられないので、とても敵わないよなあ。
それでも随分大きくなって、身長ではちょこと同じ位になりました。

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バラを折っていようが、切り絵をしていようが、お構いなしに甘えてきます。
涙でぐしゃぐしゃな顔をベタ~~~っとくっつけてくるので、嬉しいやら迷惑やら、、
何時までもこうして甘えてベッタリでいて欲しい。
でも、私だけでなくお客さんにもやるのでビックリされるけど(^_-)-☆


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3月24日に亡くなった妹のお墓参りに甥、姪、夫と4人で行ってきました。
今年は妹の13回忌、義弟の7回忌になるのです。
本当に月日の速さに驚いてしまう。

桜の木が沢山ある霊園なのですが、この辺はいつも開花が少し
遅いので、この日はまだ5,6分咲き位でした。
妹が亡くなった29日は、その日も桜が満開で病院に駆け付けた時
途中の桜の大木が満開だったのが、今でも忘れられません。
今年も命日の辺りが満開だったでしょうかね。